「おめでとうございまーーす!!」
間の抜けた鐘の音と共に小太りの男性の大声が響く。
「は??」
言われた本人・・・七夜志貴は呆然としてその男性を見る。
「一等、熱海旅行十名様分チケット大当たりで〜す!!」
これが賑やかな旅行の前触れとなったものだった。
二幕『旅行』
「志貴ちゃん!!見て見て!!海だよ海!!」
「本当だ!!綺麗な海〜」
列車の窓から一望できる海を臨んではしゃいだ声を上げる、翡翠に琥珀。
「ああ、やっと海が見えてきなって・・・うわっ!!」
そう言って返す志貴に飛び付いてくるのは、
「ホントだ〜志貴〜見てよ〜」
「と言うか馬鹿女、さっさと離れろ。暑苦しくてしょうがない」
「アルクちゃん!!志貴君に事ある毎にくっつかないの!!それは私の権利なんだから!!」
纏わり付くアルクェイドを場違いな論法で窘めるアルトルージュ。
「楽しいものですね。この様な団体旅行というものも・・・さつき次は貴方の番です」
「えっ??」
「まったく・・・志貴に見惚れるのも悪い事ではありませんが・・・」
「そ、そんな事無いよ!!シオン!!」
反対側の席でカードゲームに興じているのはシオンとさつき。
そこへ志貴がやや離れた席に向かって、
「お〜い、四季どうだ??こっちの景色いいぞ〜」
「おっそうか!それなら秋葉こっちに移るぞ」
「は、はい・・・お兄様」
そこに座っていた遠野四季・秋葉の兄妹が近寄ってくる。
「いやぁ〜悪いねぇ〜七夜参加させてもらってよぉ〜」
「俺は呼んだ覚えないぞ・・・と言うか一言二言の会話でどうやればこの情報を掴めるんだ?有彦」
ちゃっかりと言うか当然と言わんばかりにいるのは有彦。
今志貴達はこのメンバーで二泊三日の旅行に向かっていた。
事の発端は夏休み初日、気まぐれで琥珀の代わりに夕食の買出しに出かけた時、
「あっそうだ志貴ちゃん、これ使ってきちゃって」
「琥珀これは??」
「福引き券。商店街で福引やっているの。確か今日までのはずだから」
「なるほど、わかった」
「私や翡翠ちゃんもやってきたんだけど洗剤やたわしだったから」
「なるほど・・・じゃあいっそ一等取ってくるよ」
「ふふ・・・頑張ってね志貴ちゃん」
こう言っていたが当の本人は取れるとは少しも思っていなかった。
良くて調味料位が関の山だろうと。
しかし、現実は冒頭に書かれていたように、見事一等を的中させたのだった。
そして夕食時、
「「「「「ええーーーっ!!旅行が当たったーーーーー!!!」」」」」
五人の大絶叫が響き渡った。
「ああ、伊豆の熱海に二泊三日でそれも十人まで」
既に当の本人は呆然から脱出しており、食事を続けている。
「十人??何でそんなに大人数なの??そう言った商品って大抵ペアが普通だと思うけど・・・」
当然と言えば当然な疑問を口にする翡翠に
「さあ、まあ買い物するのが家族連れが多いからじゃないかな?」
無難な返答をする志貴。
「じゃあさこのメンバーで行くの??」
「ああ、春先はごたごたがあって結局アルクェイド達の歓迎会やれなかっただろ??それも兼ねて行こうと思う」
「それで志貴、どの様な所に泊まるのですか??」
「ああ、ここに書いてある・・・結構良いホテルだな・・・海からも近いし泳げる・・・何よりも温泉付き・・・露天風呂か・・・部屋は・・・三・三・四で分けるようだ」
「本当ですね」
「ねえ翡翠ちゃん、この温泉美容や肌に良い効果が出るみたい」
「本当??姉さん」
「で、出発は来週にしたからそれまでに準備はしておく事で良いかい??」
「ええ、私はそれで良いわ。ところで志貴、レンは?」
「レンももちろん連れて行くさ。家族なんだから」
「そうね一人でお留守番じゃレンも可哀想だし」
「じゃあ姉さん明日か明後日水着買って来ようよ」
「じゃあ私も〜」
「私も買うわ」
「ではいっその事全員で買いに行きましょう」
「そうするわね」
そこで話がまとまると、今度はシオンが
「そう言えば志貴」
「ん??どうした??」
「ここには十人と書いてありますが他に呼ぶのですか??」
「ああ、取り敢えず四季に声は掛けてみる。」
「それでも七人・・・志貴、さつきも誘っても構いませんか??」
「弓塚さん??それは構わないけどシオン、何時の間にか仲良くなったんだ?」
「そうですね。私も意外でしたが彼女とは気が合いますし、話していて心が和みます」
一学期の中間辺りからシオンとさつきが良く話をしているのを良く志貴は眼にしていた。
何時しか二人は友人として休みには二人ないし翡翠と琥珀も含めて四人で連れ立って遊びに行ったりもしている。
「じゃあ弓塚さんはシオンに任せて・・後、エレイシア姉さんにも声掛けておくか」
「ええーーっ!!シエルまで呼ぶの〜」
「志貴君彼女は止めた方がいいんじゃ・・・」
「そう言うなって。姉さんにもお世話になっているんだし・・・」
そう言いながら賑やかに旅行の計画を立てていた。
そして当日となった訳であったが、メンバーは志貴・レン・翡翠・琥珀・アルクェイド・アルトルージュ・シオン・さつき・四季と、・・・
「四季、何で秋葉までいるんだ??」
「いやな・・・『お兄様が出られるのでしたら私もご同行いたします』と言って・・・」
秋葉が一緒についてきた。
「あらお兄様私がご同行する事がそんなにお気に召しませんか??」
「いやそうじゃないんだがな・・・ただ志貴の奴がいるからお兄ちゃんとしては志貴が獣になってお前を襲うかと思うとな・・・」
「待て、四季」
「大丈夫です。兄さんは紳士ですし、それに兄さんでしたら・・・私・・・ああ兄さん・・・はい・・・兄さんさえお望みでしたら・・・」
顔を真っ赤にして体をよじらせる秋葉を他所に
「し〜〜〜〜〜き〜〜〜〜〜〜〜〜」
「・・・頼む四季、俺を恨むよりも秋葉の妄想癖何とかしてくれ」
「それが出来りゃ苦労はしねえよ」
「なるほどな・・・所で四季少し聞きたいんだが」
「奇遇だな俺も聞きたいんだが志貴」
と言って同時に二人は最後の参加者を指差す。
「「あいつはお前が呼んだのか??」」
「おいおい、あいつ呼ばわりはないんじゃ無いのか、遠野?七夜?」
そう言うのは乾有彦。
「と言うか何処で情報を仕入れてきた、お前」
「いやなお前とエレイシア先生がなにやら旅行の話していただろ?それに先生所用で行けれないって言うから俺が代わりに・・・」
「と言うかお前を誘った覚えが無いんだが」
げっそりと脱力しながら志貴は言う。
確かに先日ばったりあったエレイシアにこの話をしたのだが、埋葬機関の仕事で行けれないと言う返答を受けた為、当初猫で付いてくる事になったレンは人の形で付いてくる事になったのだが・・・
「まあ気にするなって」
「まったくお前の地獄耳は・・・」
ぶつくさ言いながら一行は電車に乗り込んだのであった。
一行が宿泊先のホテルに到着したのは午後になってからだった。
「ここがホテルか?」
「ああ、その様だな・・・それで部屋割りだが・・・」
その瞬間、
「「「「「「「志貴(ちゃん・君・七夜君・兄さん)!!!私と一緒に!!」」」」」」」
怒涛の如く女性陣が名乗りを上げる。
しかし、当の本人は
「まずは俺と四季、そして有彦」
「「「「「「「ええーーーー!!!」」」」」」」
一斉に不満の声が上がる。
「これなら心配ないだろう?四季」
「まあな」
「ちぇっ、旅行先でも野郎ばかりかよ」
「文句言うな」
「それにしても志貴・・・良いのか?」
四季の指指す先には不平不満の溜まった残り七人がいる。
それに対して志貴はといえばただ一言、
「ああ、不満を聞いていたらきりが無い」
「「納得」」
志貴の手で強制的に決められた部屋割で翡翠・琥珀・アルクェイド・アルトルージュと、秋葉・さつき・シオンと言うメンバーで部屋が分けられた。
ちなみにレンは猫型のまま、志貴の部屋に同衾する事になった。
その為女性陣からたいそう睨まれる事になったのだが。
「へえ・・・良い部屋じゃねえか・・・」
仲居さんに案内されて志貴達は部屋に案内された。
その部屋は二部屋の和室になっている。
「おっ、見ろよ。このテレビ・・・」
そのテレビには小銭の投入口がある。
「??何だこりゃ、まさかこのホテル、テレビ見るのに金取るのか??」
「違う違う、ここに小銭を投入するとな・・・」
「ああ、そう言えば聞いた事がある。様はそう言う番組を見れるってことだろ??」
納得した様な志貴と有彦にいまいち納得していない四季。
「まあ夜になったら実際に見せてやるからよ。楽しみにしてなって遠野」
と、そこへ、シオンが顔を出してきた。
「志貴」
「ああ、シオンどうかしたのか?」
「はい、これから海に行くと言う事で皆着替え始めています」
「ああ、判った、直ぐに行くから先に行ってくれって伝えておいて」
「はい」
やはり夏休みだからだろう、海岸では大勢の観光客が海水浴を楽しんでいる。
「うっひゃー、すげえ人込みだな・・・」
「それでもすし詰め状態じゃないからましか・・・志貴、ここにシーツを敷きゃいいのか??」
「ああ、それでパラソルを立てれば・・・と、」
直ぐに着替え終えた志貴達は女性陣が到着する前にシーツや日除けのパラソルを組み立てる。
「しかし、七夜お前のは地味だな」
「地味と言うか・・・お前達が派手だと思わんか??」
苦笑しながら志貴は答える。
志貴の水着は標準的な黒のトランクスタイプ。
しかし、有彦と四季はまるで競泳選手がはくブリーフタイプのものだった。
それも食い込みがかなり激しい。
幸い二人とも体毛が薄い為、問題にはなっていないが、半歩間違えれば二人とも公共の場所で見せて良いものではなくなる。
そうやって馬鹿話をしていた三人であったが、
「それにしても遅いな・・・」
「そういや、そうだな・・・」
不意に四季が呟き志貴も同意する。
未だにアルクェイド達がやってこないのだ。
「ひょっとしたらナンパにでもあっていたりしてな」
軽い口調で言う有彦の台詞に四季が緊張する。
「うおおおおお!!!秋葉ああああああ!!!お兄ちゃんが・・・ぐふっ!!」
有彦と志貴の絶妙なコンビネーションが続けざまに四季の鳩尾に入りたちまち昏倒する。
「四季、死んだか??まあ良いや。取り敢えず様子見てくる。四季は頼む」
「そっか?まあ頼むわ、七夜」
「さて・・・何処に行るの・・・いや、探さなくても判るな」
志貴の視界の先には人だかりがある。
「おい!!みろよ!!金髪だぜ!!」
「あっちの双子姉妹も可愛いぞ!!」
「俺あっちのお嬢様な子が良い!!」
「僕、あの委員長タイプ!!」
「あっちのロリな子も良いぞ!!」
「いっそ全員持ち帰りてえ!!」
そんな絶叫が聞こえてくる。
「まあ、全員美人だしな・・・」
そう言いながらそこに向かう。
そこでは予想通りだろう。
無数の男達に囲まれ身動き出来なくなっているアルクェイド達がいた。
「こりゃ囲みを抜けるのも一苦労・・・??」
その厚みに間を抜ける訳にもいかず、かと言ってまさか力を使う訳にもいかず、辟易していたが唐突に全員が回れ右をすると次々と離散していく。
「あれ??ああ・・・なるほどな」
「あっ志貴ちゃん!!」
一人納得する志貴を他所にアルクェイド達が志貴に近寄る。
「アルクェイドかアルトルージュ、魔眼で追い払ったのか??」
「うん、だってしつこいんだもの」
「ほんと、一秒でも早く志貴君に水着姿見せたかったのに」
「まあ仕方ないと思うがな・・・」
そう嘆息する志貴に
「そうだ!!ねえ志貴〜似合う〜??」
「志貴君私の水着姿も似合うでしょう?」
そう言ってまず、満面の笑みを浮かべてアルクェイド・アルトルージュが擦り寄ってくる。
アルクェイドは白のシンプルなビキニで特に特徴はないのだが、何しろ来ている本人がスタイル抜群なのだから際どく見える。
いや、良く見ればビキニのサイズがやや小さい。
それがただでさえ豊満なアルクェイドのバストを更に際立たせている。
アルトルージュは妹とは対となる黒のワンピースタイプを着ている。
ただし肩口の紐がない為、上からの視線では、そのなだらかな胸元が露出しているうえ、ウエストの角度も際どい。
「あーーっ!!何やっているのよ!!志貴ちゃん!!私も似合っているでしょ??」
「し、志貴ちゃん・・・私も似合っている??」
そう言ってブリュンスタッド姉妹を押しのけて近寄って来たのは翡翠・琥珀。
二人は色違いの同じデザインのホルターネックタイプのビキニを身につけていた。
翡翠は黄緑と青の縞模様、琥珀は黄色の一色。
アルクェイドには及ばないが均整の取れたスタイルは充分・・・いや相当に魅力的である。
「兄さん・・・そ、その・・・どうでしょうか?他の人に比べたら・・・胸は薄いですけど・・・」
そう言う秋葉は純白のワンピースタイプ。
これと言った際どい面はないのだがその清楚な秋葉にはこれが最も相応しく思われた。
「志貴・・・どうなのでしょうか??私の格好は・・・」
「な、七夜君・・・ど、どうかな・・・」
秋葉以上にもじもじしながら前に出たのは、シオンとさつき。
シオンは一見するとオーソドックスな青のワンピースなのだが、後ろを振り返ると背中部分を大きく露出させ、さつきはアルクェイドと同じタイプの赤のビキニ。
「い、いや・・全員、似合って・・・」
そこまで言おうとした志貴だったが不意に志貴に擦り寄ってきた人物がいた。
レンである。
レンは・・・紺色のワンピースタイプを・・・いや、それは俗に言うスクール水着だった。
それも胸元にはお約束とも言えるのか、ひらがなで『れん』と書かれている。
と言うか何時誰が用意したのだろうか?
「は、はははは・・・レンも泳ぐって??」
「うん、水とか嫌いだったんだけど、志貴と遊びたいからって」
「ま、まあいいか。それよりも行こうか?有彦も四季も待っているからな」
言葉少なげにそう言うと、足早に歩き出した。
周囲の男の嫉妬に満ちた視線を恐れたと言うよりも、自分の理性が保てる自信が無かったからに過ぎない・・・
「かぁ〜うまかったぁ〜」
「ああ、結構いけるよな」
日中、海で遊び通して、夕食も食べ放題のバイキングを頂き(レンも人型でケーキをたくさんほうばっていた)満足げに言いながら四季と有彦は自室に戻る途中だった。
「そういや七夜は?」
「ああ、志貴なら外に出たぞ。なんか食後の軽い運動してくるって」
「へえ・・・おい・・・見ろよ・・・」
曖昧に相槌を打っていた有彦だったが不意にニヤリと笑う。
その視線の先には入浴セットを片手に持ったアルクェイド達七人だった。
「ん??ああ、秋葉達風呂に入るのか・・・」
「なあ、四季・・・ここはお約束で・・・」
「駄目だ!!秋葉の裸を・・・」
「大丈夫だって秋葉ちゃんの裸は見ない。男の約束だ」
「そうか?」
極めて訝しげにジト目で有彦を見る。
「それにお前も興味あるだろ??」
「そりゃあ・・・まあな・・・」
図星を指されて少しうろたえる。
「それにだ・・・考えてもみろ、七夜の奴はあの内五人・・・いや、六人か・・・と一つ屋根の下で暮らしているんだぞ。おそらく、風呂場で鉢合わせなんて日常茶飯事で起こしている筈だ。いや・・・下手すればあいつもう全員美味しく頂いているかもしれないんだぞ!!」
妄想も良い所であるが四季はそれに見事にのった。
「・・・なんかそう考えたらむかついてきた」
「だろ!!だから七夜の親友として・・・」
「そうだな・・・一回位覗いても罰は当たるまい」
こうして見事に有彦に誘導された四季はこっそり後をつける事としたのだった。
だが、結果はどうなるか・・・言うまでもない事であるのだが・・・
同時刻、海岸では・・・
「・・・やっぱり大きく連携か技自体を変えないと駄目か・・・」
志貴が『七つ夜』こそ持っていないが色々構えたり蹴りを打つ仕草をしている。
今志貴が取り組んでいるのは『九死衝』。
今まで三回完遂してきた志貴だったが、それ故にこの連携技の深刻な問題にも直面していた。
「・・・『八穿』・『伏竜』から『六兎』では駄目だしな・・・かと言って『伏竜』・『八穿』から『六兎』だと、今度は『双狼』からの入りが遅くなる・・・それに最後の『一風』から『極死・七夜』に移行するには無理も隙もまだまだ生じるし・・・」
ぶつぶつ言いながら軽く踏み込み手刀で空を斬る。
過去成功させてきた三例・・・生物兵器・アインナッシュ・そしてバイオ死徒・・・はどれも動きが単調・もしくは極めて遅く、それ故完遂も出来たのだが、これが素早い敵・・・たとえばアルクェイド・・・であれば到底通用するとは思えない。
こういった僅かな隙で脱出され、反撃に転じられてしまうだろう。
無論志貴には『直死の魔眼』・更には『極の四禁』が存在する。
この二つは圧倒的な力を志貴に与えてくれるだろうが無敵ではない。
もしかしたらこの二つが使用出来ない等、いかなる状態に陥るかわからない以上、志貴としては更に技を極めていくしか己の生存を高めていく術は存在しない。
その為にも『九死衝』を実用性の高いものに変えて行くしかなかった。
「はい、志貴ちゃん」
「タオルとお水」
「??・・・ああ、翡翠それに琥珀」
考えるままに技を繰り出し、思案に暮れ過ぎていたのだろう。
声を掛けられた時そこには翡翠と琥珀がにこやかな表情でタオルと、ペットボトル入りの清涼飲料を持ってそこに佇んでいた。
「ありがとう・・・そう言えばもう風呂には入ったのか?」
「うん、もう入って今まで皆とゲームしていた所」
「で、志貴ちゃんの姿が見えないから探しに来たの」
「もう九時過ぎているよ志貴ちゃん」
そっかと頷き、志貴はタオルで汗を拭きドリンクを一気に飲み干す。
「・・・それで志貴ちゃん何訓練していたの??」
「ああ、『九死衝』だよ。どうしても連携に引っ掛かりがあったからちょっと改良の余地があるかと思ってね」
「でも志貴ちゃん、凄く綺麗だったよ」
「うん・・・綺麗で何も見えなかった・・・」
「あれは、敵がうすのろだったから出来た事だし、二人クラスの素早い相手だと決めるのは困難だよ」
「そうなんだ・・・」
「ふう・・・とりあえず・・・今日はこの辺にしておくか・・・風呂に入って寝るか・・・」
区切りをつけると志貴はそのまま、ゆったりとした動きでホテルに戻って行こうとした。
と、不意に二人が志貴の腕に引っ付く。
「???二人とも??」
「志貴ちゃん・・・」
「腕組んでも良いでしょ??」
頬を紅く染めてそんな事をいう双子に志貴はやや照れたが直ぐに
「ああ、構わないよ」
そう言って改めてホテルに向かった。
自室に帰ると、そこにはいる筈の四季と有彦の姿はない。
「あれ??風呂かあの二人??」
首を傾げた志貴は部屋で丸くなって寝ているレンに
「レン、二人はどうした??」
「・・・」
うっすらと眼を開けるとレンは人型になり、ただ一言
「・・・まだ・・・戻って来ていない」
「??まだ??何やっているんだ、あいつら??」
志貴は時計を見る。
時間は既に夜の十時。
「夕食が終わったのが八時少し前、遅すぎるな・・・どこかで遊び呆けてるのか??」
思案に暮れたがどうしようもないと悟ったのだろう。志貴は取り敢えず浴衣と替えの下着及びタオルなどの入浴セットとその他諸々を手に取ると、
「レン、俺は風呂に入るけどレンもいくか??」
「・・・」
レンは直ぐに首を横に振る。
「そっか・・・じゃあゆっくりと寝ていて良いよ」
「・・・」
静かに首を縦に振ると再度猫に戻りそのまま丸くなった。
風呂場に到着した志貴は早速露天風呂にゆったりと浸かる。
「ふう・・・」
心地良さそうに息を吐く。
満天の星空を眺めながらゆったりと風呂に浸かる。
しかも今この露天風呂を使用しているのは志貴だけであり、この絶景を独占していた。
足を伸ばしリラックスしている志貴だったが不意に何か思い出したように風呂から上がると更衣室から何かを持ってきた。
それは盆に載せた一カップの日本酒、更になぜか一つかみの塩であった。
志貴は珍しく嬉々とした表情で手際良くカップを開けて、載せた盆を浮かせてから再度風呂に浸かるとまず一口美味そうに飲むと塩を舐める。
「はぁ〜美味い・・・」
そう言って更に身体全体の力を抜く。
無論だが志貴は未成年、飲酒は禁じられている。
だが、志貴はこの歳で既に酒の味を知っており、時折こっそり隠れては飲む事があった。
これを知るのは時折一緒に一杯飲んでいる黄理と、未成年に酒の味を覚えこませた張本人達、青子・ゼルレッチ・コーバックのみである。
だが志貴は特にアル中と言う訳でもない。
ましてや人に絡んだりすることは絶対になく、あくまでも静かに飲んで自分が楽しむものだった。
だからこそ真姫や翡翠・琥珀にばれる事無く志貴の密かな楽しみとして続けられている。
結構なハイスピードでぐいぐいあおり、そして塩を舐めて、あっと言う間に志貴は塩をつまみに一カップを飲み干した。
一般的に日本酒のアルコール濃度は高いと言われている。
しかし、志貴は一カップ飲み干しても別にどうと言う事はなく、これが志貴の酒の強さを端的に表していた。
「少し物足りないけど・・・これ以上飲めば間違いなくばれるな」
やや、残念そうな表情をした志貴だったが、ばれれば志貴にとって数少ない楽しみを奪われてしまいかねない。
ここは我慢といった所だった。
満天の星空の下で一杯はまた格別で志貴は上機嫌で部屋に戻ろうとしたがその途中・・・その上機嫌が一瞬で盛り下がる光景を目の当たりにした。
「おい・・・何してるんだ??」
「よう七夜・・・」
「四季お前もか・・・」
「有彦に乗せられた・・・」
中庭にご丁寧に人避けの結界を張られ、その中央に簀巻きとされた四季と有彦がいた。
「はあ・・・大方女湯でも覗こうとしてあっさりとバレて・・・まあ、アルクェイド当たりに感づかれたんだろうな・・・で、全員からこってり絞られ、お仕置きとしてここで放置といった所か???」
「見ていたならなんで助けねえんだ・・・」
「もろ図星かよ・・・」
あくまでもあてづっぽうで言ったのにそれが見事に的中したものだから、呆れてものが言えないといった風だった。
「取り敢えず俺はもう寝るぜ。今は夏だから凍え死ぬなんて事ないだろうから、安心して星空の下で寝ていろ」
いや、この二人なら極寒・・・というよりもブリザード吹き荒れる南極圏や北極圏でも生き延びられるような気もする。
むやみに心配するのも無駄な事だったので、志貴は無責任な言葉を投げ掛けるとその場を後にした。
「こらーーー!!七夜―!!友達甲斐がない奴だな〜こういった時は助けるのがお約束だろーー!!」
「志貴〜俺だけでも頼む〜」
そんな声を聞きながら・・・
翌日、朝食も食べ終えた志貴達(四季と有彦はどうやって脱出したのか起きた時にはいびきをかいて寝ていた)は直ぐに水着に着替えて海岸に集合する。
そして、アルクェイド達は一歩毎に三人ナンパされ、その度に志貴が撃退する。
「やれやれ・・・これじゃあ骨休めに来たのか疲れる為に来たのか判らないな・・・」
苦笑いしながら一休みしようとすると、不意に無数の男達に取り囲まれる。
ざっと見て二十人近く。
良く見れば全員アルクェイド達をナンパしようとして撃退された若者達だった。
(報復か・・・)
「ちょっと来い」
一人が代表でそう言い、志貴を取り囲んだまま少し離れた岩陰に連れ込まれる。
それから十分後・・・志貴が無傷で帰ってきた。
「よう七夜、運動はどうだった??」
「ったく・・・有彦気付いていたのなら手伝いに来い」
「夕べ俺達を見捨てた罰だ」
「あれはどちらかと言えば、お前と四季の自業自得だろう?」
「ならこれはお前の自業自得だ」
「何故だ?」
「お前あれだけ可愛い子八人侍らせてよ。男だったら切れるぜ」
「そんな訳じゃないんだが・・・」
苦笑する志貴の視線の先で今度は翡翠がナンパされている。
「やれやれ・・・ちょっくら行って来る」
「あいよ〜気をつけとけよ〜」
こうして賑やかに過ぎた三日間の旅行は無事(?)に終わり、志貴達は帰宅の途についていた。
「楽しかったね志貴ちゃん!!」
「俺は疲れただけだった・・・」
満面の笑みで言う琥珀に志貴は乾いた笑みでそう返した。
何しろ、この三日間でナンパをしてきた男達から集団で暴行を受けそうになりそれを返り討ちにする事、実に四回。
そこまで行かなかったにしろ、八人のボディガードのような事をして撃退した数は三桁に届く勢いだった。
「ふう・・・しかし、団体旅行がこうも疲れるとはな・・・今度は一人旅か二人旅でもしてみるか・・・」
志貴が疲れたのは団体旅行の為ではないのだが、その台詞を聞くと途端に目をキラキラ輝かせた女性陣が志貴を見つめる。
志貴はそれに気付かない振りをした。
気にしていたら身が持たないから。
そして、こっそりとジュースの缶に注いだ日本酒を一息にあおり、こう呟いた。
「どたばたした日々に乾杯・・・」